介護の現場で10年以上の経験があり、介護保険の仕組みや各種加算(基本料金に上乗せされる手当)をしっかり理解していても、いざ自分の事業所を開こうとすると「最初に一体いくらお金が必要なのか」で悩むケースは少なくありません。開業について調べ始めると、誰もがまずこの資金の壁にぶつかります。
実際の情報を探してみると「数百万円でできる」と書かれているものもあれば、「1億円かかる」と書かれているものもあり、価格の幅が広すぎて驚くかもしれません。同じ介護事業の立ち上げなのに、なぜこれほど金額が違うのか、自分にはいくら必要なのかが分かりにくいのが現実です。
この金額の違いは、提供する「介護サービスの種類」によるものです。 利用者の自宅を訪問する「訪問介護」と、入居して生活する「有料老人ホーム」では、必要な設備が全く違うため開設資金の規模も大きく変わります。さらに大切な点として、開業後に経営が行き詰まる本当の原因は「オープン時の資金不足」ではなく、その後の毎月のやりくりを支える「運転資金(日々の運営費用)」の不足にあります。
この記事では、サービスの種類ごとに何にお金がかかるのかを分かりやすく整理し、資金調達方法も解説します。
介護施設の開業資金は事業種別で桁が変わる
介護施設の開業資金は、どんなサービスを行うかによって桁が変わります。自宅を訪問する訪問介護やケアプランを作る居宅介護支援は数百万円台から始められますが、施設に通ってもらうデイサービスなどは一千万円台から、入居して暮らす施設は数千万円以上が必要になります。
一番のポイントは「利用者を迎える専用の場所(施設)を自分で用意するかどうか」です。これで必要なお金の規模がガラリと変わります。
以下の表は、各サービスの必要額の目安を比べたものです。※確定した金額ではありませんので、費用の内訳や特徴の違いとして参考にしてください。
| 種別 | 費用の中心になるもの | 必要額の目安 |
|---|---|---|
| 訪問介護・居宅介護支援 | 法人設立費、事務所の賃借、当面の人件費 | 数百万円台 |
| 通所介護 | 物件の階層、送迎車両、当面の人件費 | 一千万円台以上 |
| 認知症対応型共同生活介護 有料老人ホーム |
土地、建物、居室の設備 | 数千万円以上 |
同じデイサービス(通所介護)であっても、前の店舗の設備が残っている「居抜き物件」を使うか、何もない状態から工事するかで費用は大きく変わります。詳しい総額は、実際の見積もりを取って初めて分かります。
何にお金がかかるかが違うと、もし経営が厳しくなったときの対策も変わってきます。訪問系は費用の大半が「スタッフのお給料(人件費)」なので、法律で定められた最低人件数(人員基準)を守る範囲で人手を調整できます。一方、入居型施設は土地や建物の費用が固定でかかり続けるため、後から削れる費用がほとんど残りません。
ネットや本によって書かれている金額がバラバラなのも、これが理由です。訪問介護を前提にした記事と老人ホームを前提にした記事では、同じ「開業資金」という言葉でも全く別の金額を指しています。情報を見るときは、まず「どのサービスの話か」を確認しましょう。
必要な金額を計算する順番は決まっています。①やりたいサービスを決める、②使う物件を絞る、③必要なスタッフの人数を数える、その上で見積もりを取ります。「相場が〇〇万円だから」と先に金額から決めようとすると、自分の計画と実際の費用がかけ離れてしまいます。
サービスを選ぶときは、準備できる金額だけでなく、「オープンした後にやりくり(費用の調整)ができる余地がどれくらいあるか」も合わせて考えることが大切です。
訪問介護・居宅介護支援は数百万円から|設備を持たない分だけ費用が軽い
訪問介護や居宅介護支援は、利用者に来てもらう場所(店舗や施設)を持ちません。専用の部屋を用意しなくてよいため、他のサービスよりも少額で始められます。
必要なのは、事務作業、相談を聞くスペース、手洗い設備だけです。大きな工事や専用建物の準備は不要で、主な費用は「会社を作るお金(法人設立費)」「事務所の家賃」「デスクやパソコン代」「オープン初期のスタッフのお給料」となります。
ただし、安く済むのは「オープン時(初期費用)」だけです。訪問系はスタッフのお給料(人件費)の割合が非常に高く、厚生労働省の令和5年度介護事業経営実態調査によると、訪問介護の売上のうち約72.0%が人件費でした。初期費用が少ない分、毎月回していくためのお金(運転資金)の準備がより重要になります。
ケアプラン(介護の利用計画)を作る「居宅介護支援」も同じ特徴を持ちます。送迎車やバリアフリーのお風呂なども不要なため、費用の大半は「会社設立費」「事務所の家賃」「当面の人件費」「運転資金」の4つになります。
なお、事務所を選ぶときは国や自治体が定めるルール(指定基準)を満たせるかを事前に確認する必要があります。自宅の一室を使う場合でも 「生活スペースと相談スペースが分かれているか」「個人情報の書類に鍵をかけて保管できるか」 などがチェックされます。ルールを満たせない部屋を借りてしまうと、営業の許可(指定)が下りず、家賃が無駄になってしまいます。
訪問介護の開業資金や利用できる融資制度について詳しく知りたい方はこちら
デイサービスは物件の改装費と送迎車が費用の中心になる
デイサービス(通所介護)で一番お金がかかるのは「物件の改装費用」と「送迎用の車」です。訪問系サービスとの金額の差は、主にこの2つから生まれます。
デイサービスを開くには、設備基準があります。その上で、工事費は「元々どんな物件だったか」「広さ」「消防やバリアフリーの基準をどれくらい満たしているか」で大きく変わります。同じ広さでも、飲食店だった場所と事務所だった場所では工事費用が全く違います。
送迎車もデイサービスならではの費用です。何台必要かは利用定員と送迎エリアで決まります。新車か中古か、一括購入か分割(リース)にするかで、最初に払うお金と毎月払うお金のバランスが変わります。
車はオープン後も維持費がかかり続ける点に注意しましょう。リース料や保険料は利用者の人数に関わらず毎月発生し、車検費用も定期的にまとまって出ていきます(ガソリン代だけは走った距離に応じて変動します)。
改装費などはネットの相場だけで決められるものではありません。実際の物件をいくつか見て専門業者に見積もりを出してもらい、現実的な費用を計算していきましょう。
グループホーム・有料老人ホームは数千万円から|土地と建物が費用の大半を占める
認知症グループホームや有料老人ホームなどは、利用者が生活・寝泊まりする「建物そのもの」が必要になります。そのため土地や建物の準備費が一番大きな割合を占め、必要な金額も数千万円〜数億円と桁が変わります。
暮らすための施設なので、人数分の個室、食堂、お風呂、トイレなどを揃える必要があります。既存の建物をリフォームする場合でも、部屋を区切る工事や防災・避難用の工事が必要です。土地から買って建てる場合は、さらに大きな費用がかかります。
このタイプの施設で注意したいのは「オープン前の段階でまとまったお金の支払いが終わってしまう」という点です。オープン後に利用者が思うように集まらなかったとしても、土地代や建設費は発生します。
訪問介護は一人では開業できない|一人で始められるのは居宅介護支援
訪問介護は、法律上のルールでスタッフを複数人集める必要があるため「たった一人で開業」はできません。一方、ケアマネジャーがケアプランを作る「居宅介護支援」であれば一人でも開業が可能です。
訪問介護を開くためのルールでは、働くスタッフの人数を「常勤換算(フルタイム換算)で2.5人以上」と定めています。そのため自分1人だけでは許可が下りません。 一方、居宅介護支援のルールでは、フルタイムのケアマネジャーが1人以上いればOKとされています。ただし責任者(管理者)になるには「主任ケアマネジャー」という上位の資格が必要です。
また、ケアマネジャー1人が担当できる利用者の人数にも上限)があります。一人で開業する場合は、この人数枠の中で収入と支出の計画を立てることになります。
なお、開業に年齢制限はありません。年齢に関わらず必要な資格と人数を満たしていれば誰でも挑戦できます。
参照:指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準
参照:指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準
介護施設の開業費用は5つの費目に分かれる
介護施設の開業にかかる費用は、下記の5つに分かれます。
- 会社設立と許可申請
- 物件と工事
- 備品と車
- 採用とお給料
- 運転資金(当面のやりくり費用)
サービスの種別によって金額は違いますが、どの事業でもこの5項目は共通です。 この分け方を知っておくことには理由があります。①〜③は「オープン前に一度だけ払う費用」で、見積もりを取れば正確な金額が事前に分かります。
一方、④〜⑤は「オープン後もずっと払い続ける費用」です。利用者が増えるのに時間がかかるほど、用意すべき金額が膨らんでいきます。失敗しやすいのは、後者の「オープン後の費用」の読み甘さです。 なお、①〜③の中にも「毎月出ていくお金」が混ざることがあります。例えば車やパソコンをレンタル(リース)にすると初期費用は安くなりますが、毎月のリース代が発生します。家賃も同じです。「一回だけ払うもの」と「毎月発生するもの」を区別して計算しましょう。
費目1:法人設立と指定申請の費用|株式会社は登録免許税15万円から
介護保険サービスを行うには、個人の名義ではなく「法人(株式会社や合同会社など)」を作る必要があります。最初の出費は、この法人を作るための費用です。
会社を作る費用は、国に払う税金(登録免許税)と、会社のルール(定款)を認めてもらう手数料で決まります。国税庁の登録免許税の税額表によると、株式会社を作るときの税金は最低15万円、合同会社なら最低6万円です。
また、株式会社の場合は公証役場でルール(定款)をチェックしてもらう必要があり、日本公証人連合会の規定により3万〜5万円の手数料がかかります。
なお、合同会社を選ぶと定款のチェック手続きが不要になるため、その分安く・早く設立できます。
自治体に払う営業許可(指定申請)の費用は、各市区町村や都道府県によって異なり、無料の地域もあります。
「安いから」という理由だけで会社の形式を選ぶのはおすすめしません。株式会社は投資(出資金)を受けやすく信用が得やすい、合同会社は安く手軽に作れるなど、将来の資金集めにも関わってくるため慎重に選びましょう。
費目2:物件と改装の費用|設備基準を満たす工事が最大の変動要因になる
物件に関する費用の中で、一番予想が難しいのが「改装(工事)費用」です。賃貸の契約金ではありません。
契約金(敷金・礼金・仲介手数料・前家賃など)は「家賃の〇ヶ月分」と決まっているため、物件を選んだ時点で正確に計算できます。
読めないのは工事費です。デイサービスなどの施設は国の基準に合わせた設備が必要になるため、元々の物件の状態によって工事量が大きく違います。飲食店跡地なら水回りが残っていますが、オフィス跡地ならお風呂や訓練スペースを一から作らなければなりません。
スプリンクラーなどの消防設備、段差をなくすバリアフリー化なども古い建物ほど工事が増えます。「家賃が安いから」と古い物件を選んだ結果、工事費が高くなって結局損をするケースもあるので注意しましょう。
また、工事をしている期間中も家賃は発生します。オープン前の「売上が0円の期間」の家賃も忘れずに計算に入れておきましょう。
さらに、設備のルールは自治体によって細かく異なる場合があります。契約する前に必ず図面を自治体の担当窓口に見せ、ルール違反にならないか確認しましょう。契約後に「この設備では許可が出ない」となると、払った契約金が無駄になってしまいます。
費目3:設備と車両の費用|新車か中古か、購入かリースかで変わる
設備や車に関する費用は、「オフィス用品などの備品」と「移動・送迎用の車」の2つに分かれます。
備品は、デスク、椅子、パソコン、電話機、鍵付きの棚などです。介護の記録には大切な個人情報が含まれるため、鍵がかかる保管庫や専用のセキュリティ環境は必須となります。
車については、新車を買うか中古車にするか、一括購入かリース(分割レンタル)にするかで必要資金が大きく変わります。一括購入は最初にまとまったお金が必要ですが毎月の支払いはなく、リースは最初のお金は抑えられますが毎月の固定費が増えます。
どちらが良いかは手元の現金残高次第です。オープン直後にお金がギリギリになりそうなら、最初は初期費用を抑えられるリースを選ぶ方が安心です。
介護報酬は請求した月の翌月下旬に入金される|運転資金が最も重要になる理由
介護事業の経営で最も注意すべきなのは「サービスを提供してから、売上(介護報酬)が振り込まれるまでに約2ヶ月かかる」というルールです。
介護のお金の大部分(保険給付分)は、公的機関(国保連:国民健康保険団体連合会)に請求します。今月提供したサービスの料金は、翌月に請求し、振り込まれるのは「翌々月の終わり頃」になります。
この「2ヶ月のズレ」が、オープン直後の資金繰りを一番苦しめます。最初の2ヶ月間は、スタッフのお給料や家賃などの支払いが満額で出ていくのに、入金はほぼゼロという状態になるからです。
| 月 | 出ていく資金 | 入ってくる資金 |
|---|---|---|
| 開業1か月目 | 給与・家賃・リース料などの固定費 | なし |
| 2か月 | 同じ固定費 | 利用者負担分のみ |
| 3か月 | 同じ固定費 | 開業月の保険給付分 |
3ヶ月目になってようやく初月分の売上が入ってきますが、最初は利用者が少ないため入金額も少なくなります。「毎月の固定費は満額出ていくのに、入金はまだ少ない」という状態がしばらく続きます。
「開業費用さえ払えればなんとかなる」と考えてはいけない理由はここにあります。オープン後の数ヶ月を耐えられる「運転資金」が絶対に不可欠なのです。
このズレは営業が軌道に乗ってからも続きます。利用者が増えて売上が伸びる時期も、先に増えたスタッフのお給料が出ていき、増えた売上が入ってくるのは2ヶ月後になります。
そのため、事業計画を立てるときは「利益が出ているか(損益計算)」とは別に、毎月のお金の出入りを並べた「資金繰り表(現金管理表)」を必ず作りましょう。損益計算だけを見ていては、このお金のズレに気づけません。
運転資金がショートする理由は介護報酬の入金サイクルにある
介護サービスの料金は、「利用者が窓口で払うお金(1〜3割)」と「国や自治体の保険から支払われるお金(7〜9割)」の2つで成り立っています。入金のタイミングがずれるのは、この2つのもらい方が違うからです。
利用者負担分(1〜3割)は、サービスを提供した翌月に利用者に直接請求するため比較的新鮮にお金が入ってきます。しかし、これは全体のほんの一部です。
大部分を占める残り(7〜9割)は、国保連(国民健康保険団体連合会)という機関に書類を出して審査してもらう必要があります。この審査手続きに時間がかかるため、請求してから振り込まれるまでに丸1ヶ月(提供した月から数えると約2ヶ月)かかります。これは制度上の手続きなので、自分たちの都合で早めることはできません。
つまり、売上の大半は2ヶ月遅れてやってきます。帳簿上で黒字(利益が出ている)になっていても、手元の現金がなくなってしまえば支払いができず、お店は倒産してしまいます。会社が潰れるのは「赤字になった時」ではなく「手元の現金が尽きた時」なのです。
実際の振込日は都道府県の国保連ごとに多少違うため、事前に自分の地域のスケジュールを確認しておきましょう。
キャッシュフローの安定化が肝
お店が潰れてしまう(廃業する)のは、決算が「赤字」になった瞬間ではありません。毎月のお給料や家賃を払う「現金」が底を突いた瞬間です。
「赤字」と「現金不足」は別物です。赤字は1年間の通算成績の話ですが、現金不足は「今月の給料日に銀行にお金があるか」という目の前の問題です。たとえ1年間の計算で赤字でも、手元に現金があれば会社は倒産しません。逆に、帳簿上で黒字でも現金がなければ倒産(黒字倒産)してしまいます。
介護業界でこの不一致が起きやすい理由は、前述の「売上(介護報酬)が入ってくるのが2ヶ月後」というタイムラグがあるからです。順調に利用者が増えて成長しているときほど、先にスタッフのお給料が増えて現金が減り、売上が振り込まれるのは2ヶ月後になるため、一時的に手元の現金がピンチになりやすくなります。
現金が減る原因は主に4つあります。「①利用者が集まらない」「②お給料や固定費がかさむ」「③借金の返済が始まる」「④売上の入金が2ヶ月遅れる」。④だけは制度上絶対に避けられないため、他の3つをしっかりコントロールする必要があります。
対策は「将来の現金の動きを表にした表(資金繰り表)」を毎月作ることです。向こう半年間の「入ってくるお金」と「出ていくお金」を月単位(ピンチの時は日単位)で書き出し、残高が一番少なくなる時期をあらかじめ予測しましょう。
もし「3ヶ月後に現金が足りなくなる」と分かっていれば、前もって銀行に相談したり、返済を待ってもらったり(条件変更)と手が打てます。現金がゼロになってからでは手遅れになります。
日頃から資金繰り表を更新して銀行に見せていると、銀行からの信頼が高まり、いざという時の追加融資もスムーズに受けてもらえやすくなります。 開業前にできる備えもあります。取引金融機関を一つに絞らず、公庫と地域の金融機関の両方と関係を作っておくと、追加調達の相談先が増えます。資金繰り表を毎月更新して見せている事業者は、必要になった時の審査も早く進みます。開業前から資金繰り表を作る習慣をつけておいてください。
また、介護事業の支出の中で圧倒的に大きいのが人件費です。厚生労働省の令和5年度介護事業経営実態調査によると、売上のうち人件費が占める割合は、デイサービスで約63.6%、訪問介護で約72.0%にもなります。
人が集まらないからといって給料や求人費を無制限に上げると、売上のほとんどが人件費で消えてしまい、一気に経営が苦しくなります。
対策としては、高い給与で釣る採用だけでなく「今いるスタッフが辞めない環境づくり(離職防止)」に力を入れることです。シフトの工夫や記録業務のデジタル化、雰囲気の改善などは、お金をかけずにできる効果的な対策です。
収支差率1.8〜3.9%の差はどこから生まれるか|通所介護と地域密着型通所介護の比較
一般的なデイサービス(通所介護)の利益率が1.8%なのに対し、定員18人以下の「地域密着型デイサービス」の利益率は3.9%と高めになっています。
「小規模にすれば利益が出やすいのかな?」と思いがちですが、実は売上に占める人件費の割合はどちらも約63.6%でほぼ同じです。
単に規模を小さくすれば儲かるわけではありません。小規模でも大規模でも、最終的に黒字になるか赤字になるかを分けるのは「定員に対して何%の利用者が来ているか(稼働率)」です。
したがって、小規模にすれば利益率が上がるという考え方はできません。区分ごとの平均値の差であって、規模を変えた同一事業所の変化を示したものではないからです。 もう一つ、これらの数値からは読めないことがあります。どちらも平均値であり、事業所ごとの分布は示していません。平均が1.8%であっても、その内訳には黒字の事業所と赤字の事業所が両方含まれます。
開業を検討する段階では、この数値をその種別で到達しうる水準の目安として扱ってください。自分の事業所が黒字と赤字、どちら側に入るかを決めるのは、平均ではなく稼働率です。
指定申請は法人設立から始まる|1か月の遅れがそのまま固定費の負担になる
自治体からの営業許可(指定)が遅れると、そのまま無駄な出費(固定費の負担)が増えます。手続きの遅れは単なるスケジュールの問題ではなく、直接お金のトラブルにつながります。
介護サービスを始めるには自治体の許可(指定)が必要です。順番としては「会社を作る」→「計画を立てる」→「スタッフを集める」→「物件・設備を整える」→「書類を出して許可をもらう」となります。
注意したいのは「許可をもらう前の時点で、スタッフの採用も物件の準備も完了していなければならない」という点です。つまり、売上が1円も入らない段階からお給料や家賃の支払いが発生します。もし書類の不備などで許可が1ヶ月遅れたら、丸々1ヶ月分の人件費と家賃がそのまま損失になってしまいます。
申請の締め切り日は厳密で、1日でも遅れるとオープンが翌月にずれてしまいます。物件契約や採用を進める前に、必ず自治体の窓口へ事前相談に行きましょう。
介護事業所の立ち上げ資金は自己資金・公庫・制度融資など5つの方法で調達する
介護事業を開くためのお金を集める方法(資金調達)には、下記の5つがあります。
- 自己資金(自分の貯金)
- 日本政策金融公庫(国の金融機関からの融資)
- 自治体の制度融資(保証付き融資)
- 福祉医療機構(福祉専門の公的融資)
- 民間銀行のローン
多くの場合、これらを組み合わせて資金を準備します。
| 調達手段 | 主な特徴 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 自己資金 | 返済不要。融資審査で評価される | 額の大小はあるが、他の手段の前提になる |
| 日本政策金融公庫 | 創業時の実績がなくても申し込める | 創業期の主力。介護事業向けの制度もある |
| 自治体の制度融資 | 自治体が利子や保証料を補助する場合がある | 自治体の要件に合う場合 |
| 福祉医療機構 | 長期・固定・低利。償還期間30年以内 | 対象施設を建てる場合 |
| 民間金融機関 | 金額と条件の自由度が高い | 実績ができた後の追加調達 |
お金を集める順番も大切です。「自分がいくら用意できるか(自己資金)」が決まらないと、「公庫でいくら借りるか」が決まりません。公庫の金額が決まって初めて、不足分を銀行や制度融資でどう補うかが決まります。
日本政策金融公庫は、政府が手助けする金融機関です。実績のない創業期の事業者にも積極的にお金を貸してくれるため、最初に相談すべきメインの調達先となります。 公庫には介護などの社会貢献事業に向けた「ソーシャルビジネス支援資金」という制度もあり、最大7,200万円まで借りられます。返済期間も長く(設備は最高20年、運転資金は最高10年)、金利も優遇されています。
自治体の制度融資は、都道府県や市区町村・銀行・保証協会が協力して提供するローンです。自治体が利息や手数料の一部を代わりに払ってくれる場合があり、有利に借りられます。 福祉医療機構(WAM)の融資は、老人ホームなど大型施設を建てる場合に強力な選択肢となります。
普通の民間銀行は、オープン直後よりも「事業が軌道に乗ってからの追加の借り入れ」で頼りになることが多いです。ただし、創業期から口座を作って付き合っておくと、2年目以降の相談がスムーズになります。
いろんな場所にお金を借りる相談をするときは、事業計画書や資金繰り表を一つしっかり作り込んでおくと、転用して使えるので準備が楽になります。 なお、同時にいくつもの窓口に申し込む場合は注意しましょう。「どこからいくら借りる予定なのか」を具体的に説明できないと、「計画が適当だ」と判断されて借りられなくなる恐れがあります。
自己資金ゼロでの開業は難しいが、少額から始められる制度もある
「自分の貯金ゼロ(自己資金ゼロ)」での開業は、現実にはかなり難しいと考えてください。法律で禁止されているからではなく、銀行などの審査に通らないからです。
お金を貸す側の銀行などは、審査の際に「この人は今までどれくらい計画的に準備してきたか」を見ています。自己資金の額は「本気度や計画性」を測る目印として扱われるため、貯金ゼロだと信用してもらいにくくなります。
また、全額を借金でまかなうと、オープン直後から毎月の返済が重くのしかかります。利用者が集まらない時期に返済と固定費が重なると、あっという間にお金が尽きてしまいます。自己資金は「オープン初期のピンチを乗り切るためのクッション」でもあるのです。
ただし、必要な自己資金の額はサービスによって違います。訪問介護などであれば少額の貯金でも審査に通る可能性があります。一般論ではなく「自分がやるサービスでいくら必要か」から逆算しましょう。
どうしても貯金が少ない場合は、公庫の「据置期間(すえおききかん:元金の返済を一定期間待ってもらい、利息だけ払えばよい仕組み)」を利用できる融資制度を活用するのがおすすめです。
日本政策金融公庫の新規開業・スタートアップ支援資金は融資限度額7,200万円
初めて開業するときに、真っ先に相談したいのが日本政策金融公庫の創業支援制度です。
代表的な「新規開業・スタートアップ支援資金」は、これから始める人や始めておおむね7年以内の人を対象としています。最大7,200万円まで借りられ、返済期間も長く設定できます。
この制度の最大のメリットは「据置期間(すえおききかん)」を設定できる点です。最初の一定期間は「利息だけ」を払えばよく、元金の返済を遅らせることができます。売上が入ってくるまでの数ヶ月間、手元の現金を減らさずに凌ぐことができます。
申し込むには「事業計画書」の提出が必要です。定員数、利用者の見込み数、スタッフの配置やお給料、オープンの日程などを数字で分かりやすく説明できる準備をしておきましょう。
申し込みから実際に口座にお金が振り込まれるまでには時間がかかります。オープンの日に間に合うよう、余裕を持ったスケジュールで動き出しましょう。
補助金・助成金は返済不要だが、対象は自治体と年度で変わる
国が募集するものは全国どこでも使えますが、都道府県や市町村が独自で出している助成金は「その地域で開く人だけ」が対象です。ネットで見たおすすめの助成金が自分の地域で使えるとは限らないので注意しましょう。
また、補助金・助成金は基本的に「後払い(精算払い)」です。まず自分でお金を払って買い物をし、後から書類を出してチェックを受けてからお金が戻ってきます。そのため、最初のお金を用意する段階では補助金をあてにせず、自力で払える状態にしておく必要があります。
なお、一時的にもらえる「補助金」よりも、条件を満たせば毎月の介護報酬が増える「加算(処遇改善加算など)」をしっかり取る準備をする方が、長期的に見て圧倒的に経営が安定します。
創業時に使える補助金・助成金の実例|東京都の創業助成事業は上限400万円・助成率3分の2
自治体の創業サポートの例として、東京都の制度(創業助成事業)がとても分かりやすいモデルになります。
東京都が行っている「創業助成事業」では、都内で新しく店を開く人などを対象に、上限400万円(かかった費用の3分の2まで)を助成してくれます。家賃、広告費、備品の購入費、スタッフのお給料などが対象になります。
ただし、誰でもすぐ応募できるわけではありません。「東京都の指定する創業セミナーを一定期間受ける」「特定の融資制度を使っている」などの条件を満たす必要があります。準備に数ヶ月かかることもあるため、早めの確認が必要です。
また、これは東京都だけのルールです。他の地域で開業する場合は、その自治体の産業支援窓口に「創業時に使える助成金はあるか」を直接聞きに行ってみましょう。
自治体の制度融資と福祉医療機構の融資|金利は低いが対象は限られる
「自治体の制度融資」や「福祉医療機構(WAM)」のお金は、金利が安く返済期間も長い魅力的な資金調達方法ですが、使える対象が限られています。
自治体の制度融資は地域ごとにルールが決められており、要件を満たせば利息の補給などが受けられます。
福祉医療機構(WAM:福祉医療貸付制度)は、特別養護老人ホームや認知症グループホームなど「大きな建物を建てる施設」が主な対象(最長30年返済)です。賃貸ビルの一角を借りて始める訪問介護や小規模デイサービスなどは対象外になることが多いので、事前に確認が必要です。
例示されている対象は施設を整備する種別が中心で、事務所を借りて始める種別は挙げられていません。ただし対象は施設区分ごとに定められているため、自分の計画が該当するかは機構に直接確認してください。
処遇改善の原資は職員一人あたりの定額ではない|支給額と対象者を取り違えやすい
介護業界にはスタッフの給料を増やすための国からの手当「介護職員等処遇改善加算」があります。これは「スタッフ1人あたり月〇万円支給」という固定額で国から配られるものではありません。
この加算は「事業所の総売上(単位数)×一定のパーセンテージ」で計算されます。つまり、事業所の全体の売上が大きければ入ってくる加算も増え、売上が少なければ加算も少なくなります。
求人を出すときに「処遇改善手当として全員に一律〇万円支給します」と安易に書くと、実際の売上が届かなかった時に払えなくなってしまうリスクがあります。自分の事業所の想定売上から正しく計算しましょう。
一人あたり月額いくらという数字は、事業所の規模と職員数から逆算した結果にすぎません。求人に給与額を書く前に、自分の想定売上と職員構成から計算してください。 なお、かつて存在した介護職員処遇改善支援補助金は令和4年9月で終了しています。
事業計画書には売上・支出・稼働率の3つの試算が要る
銀行などでお金を借りるときに提出する「事業計画書」では、審査員は主に「①売上」「②支出」「③稼働率(かどうりつ:定員に対してどれくらい利用者が入るか)」の3つの計算式を細かくチェックします。
①売上の計算:「定員 × 稼働率 × 営業日数 × 1人あたりの単価」で計算します。介護報酬の単価は国で決まっているので、サービス内容と狙う加算を決めれば正確に計算できます。
②支出の計算:人件費、家賃、リース料、車代、光熱費などを書き出します。人件費はシフト表を作って必要なスタッフ数を割り出し、そこから計算します。
③稼働率の計算:売上と支出がトントン(損益分岐点)になるには「何%の利用率」が必要で、オープンから何ヶ月目でそこに到達できるかの計画を示します。
稼働率が損益分岐点に届かないまま続くと廃業に至る
売上と支出がトントンになるラインを「損益分岐点(そんえきぶんきてん)」と呼びます。利用者の集まりが悪く、このラインに届かない月が続くと、手元の現金が毎月削られて最終的に潰れてしまいます。
自分の店の損益分岐点は簡単に出せます。「毎月の固定費 ÷ 利用1件あたりの利益」で計算すると、1ヶ月に必要な利用件数(デイサービスなら必要な稼働率)が分かります。
次に「手元の現金」を「毎月の赤字額」で割ると「あと何ヶ月持ちこたえられるか」が出ます。黒字ラインに届くまでの期間がこの月数を超えてしまうと、黒字になる前に現金が尽きてしまいます。
なお、介護保険サービスは国で料金が決まっているため「値下げして利用者を増やす」という裏技は使えません。ケアマネジャーへの地道な営業や、サービスの質を上げて選ばれる努力が必要になります。
一方で、利用価格を下げて利用者を集める方法は使えません。報酬が制度で決まっているからです。稼働を上げる手段は、紹介元となるケアマネジャーや地域包括支援センターの開拓、送迎範囲の見直し、サービスの質の改善です。また、加算の取りこぼしを減らす取り組みは単価を上げる手段なので、分けて考えます。
開業後のオーナーの取り分は事業所の収支差で決まる
開業したオーナー(社長)の給料(役員報酬)は、お店に残った利益の余力で決まります。
売上から「スタッフのお給料や家賃などの経費」を引き、さらに「借金の元本返済」と「将来のための積み立て」を引いた“残り”が、オーナーが受け取れる上限になります。借金の返済金は経費になりませんが、現金は確実に消えていくため注意が必要です。
社長の給料額は1年に1回しか変更できないルール(節税の決まり)があるため、期の途中で適当に上げたり下げたりはできません。
介護事業は利益率が数%と高くはないため、高収入を得るにはそれなりに大きな売上規模(事業所の拡大や複数店舗化)が必要になります。
介護報酬ファクタリングは請求額の一部を前倒しで受け取る仕組み|手数料が差し引かれる
「ファクタリング」とは、2ヶ月後に振り込まれる予定の介護報酬(請求権利)を専門会社に買い取ってもらい、数%の手数料を払って「今すぐ現金化」する仕組みです。
2ヶ月の入金ズレを今すぐ解消できるため、急に現金が必要になった緊急時には役に立ちます。
ただし、利用するたびに数%の手数料を引かれます。利益率が数%しかない介護事業で毎月ファクタリングを使うと、利益がほとんど吹き飛んでしまいます。
ファクタリングはあくまで「一時的な緊急処置」として使い、日々の運転資金不足は金利の低い銀行からの融資で解決するのが健全な経営です。
民間のつなぎ融資は介護給付費の数か月分が上限|福祉医療機構とは別枠
2ヶ月後の介護報酬が入るまでのつなぎとして、民間会社が提供する「介護給付費ローン」を利用する方法もあります。
売上の数ヶ月分を上限にお金を借りられる仕組みで、ファクタリングと違って「金利(利息)」で計算されるため費用の見通しが立ちやすいのが特徴です。ただし、借り入れなので審査があります。
※公的機関である「福祉医療機構(WAM)」の融資とは全く別物ですので混同しないようにしましょう。
フランチャイズ加盟はロイヤリティの分だけ利益が減る|収支計画への影響が大きい
介護未経験から開業する場合、大手の看板やノウハウを使える「フランチャイズ(FC)加盟」も選択肢の一つです。ゼロから始めるより立ち上がりが早いメリットがあります。
しかし、加盟金や毎月の「ロイヤリティ(本部への納付金)」が発生します。ロイヤリティが「毎月〇万円の固定」なのか「売上の〇%」なのかで経営への影響が変わります。
利益率が数%の介護事業において、毎月のロイヤリティ支払いは大きな重荷になります。契約前にしっかりと損益計算を行い、十分な利益が残るか確認しましょう。
開業資金は始められる額と続けられる額を分けて計算する
介護施設の開業資金で失敗しないコツは、「オープンまでに必要な初期費用」と「オープン後に回していく運転資金」をきっちり分けて計算することです。
【オープンまでの初期費用】:会社設立、工事費、備品・車代など。見積もりを取れば正確な金額が出せます。
【オープン後の運転資金】:2ヶ月の入金ズレを耐えるお金+黒字化するまでの赤字補填費用。自分で計算して用意する必要があります。
まず最初にやるべきことは、開業したい地域の自治体窓口(介護保険課など)へ相談に行くことです。物件を借りてから「この建物では許可が出ない」となるのが一番の失敗パターンです。必ず契約前に図面と計画書を持って相談に行きましょう!
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